前回のコラムでは、強迫性障害(OCD)に対する新たなアプローチとして、「言語的価値低減法」の第一段階をご紹介しました。この段階では、「手が汚れているかもしれない」「カギを閉め忘れたかもしれない」といった強迫的な思考(=強迫観念)に対し、「ハイハーイ」「そうかもね」といった、ふざけた調子で返す練習を重ねることで、その思考の「深刻に取り合う価値」を脳内で下げていくというものでした。
この”軽さ”を繰り返し体験することで、強迫観念に心を振り回されにくくなり、心のスペースが広がっていきます。そのような状態を作りつつ、第二段階に進みます。

「少し残す」がカギとなる第二段階
第一段階では、強迫観念への対応を変える一方で、強迫行動(手洗いや確認など)は無理にやめる必要はありません。しかし第二段階ではいよいよこの「行動」に取り組んでいきます。といっても、いきなりすべての強迫行動をやめる必要はありません。むしろこの段階では「少しだけやり残す」ことが大きなポイントになります。
例えば、
- 手洗いを繰り返してしまう方であれば、あえて小指の爪の先(ほんの少しの部分)だけを洗い残してみる。
- 鍵の確認を何回も行ってしまう方であれば、10回確認するうちの最後の1回だけは、ドアノブを完全には回さず、ほんの少しだけ中途半端にしてやめてみる。
こうした「わざと中途半端に残す」体験は、脳にとっては非常に重要な学習機会になります。つまり、ごく小さな不安を受け入れ、それに慣れていく練習をするのです。また「最後までやらなかったけど、何も起こらなかった」といった経験を積むことによって、強迫性障害の”完全・完璧さを求める考えと行動”を少しずつ崩していけるのです。

「全部やめる」よりも始めやすいアプローチ
強迫性障害を抱える方は、日常生活の中で非常に多くの強迫行動を、完璧を目指して繰り返しています。頻度と程度の双方において、それらをすべて一度にやめようとすると、心理的な負荷が大きすぎて挫折に繋がることも少なくありません。
言語的価値低減法は「全部やめなくていいから、ちょっとだけやり残してみよう」と提案する方法のため、取り組みやすさを感じていただけるでしょう。ハードルを下げることで、怖さを最小限に抑え、行動の変化を起こしやすくしているのです。
どの強迫行動に取り組むか、どのくらい「残す」かは、基本的にはクライエント自身に決めていただきます。クライエントが自分で範囲を決め、自分のペースで取り組むことで、達成感や自己効力感も得やすくなります。無理のない計画をたてられるよう、カウンセラーも一緒に考えます。

まとめ:新しい行動へと一歩踏み出すために
言語的価値低減法の第二段階は、強迫観念への”ふざけた応答”に慣れてきたあとに、徐々に強迫行動へアプローチしていくステップです。「少しだけやり残す」というユニークな手法を用いることで、不安があっても安全に、かつ現実的に変化を起こしていくことが可能になります。
もともと強迫行動は不安を軽減するための対処として始まったはずですが、繰り返すうちにそれ自体が習慣化し、やがて一日の大半の時間を強迫行動に費やすようになり、生活や人生の中心になってしまうという悪循環に陥ります。
このアプローチでは、そうした強迫行動に費やしていたエネルギーを、より価値のある方向に向けていくことを目指します。どんな活動に時間を使いたいか、どんな生活を取り戻したいか――そんな問いに目を向けながら、少しずつ「強迫行動を中心とした生活」から抜け出していきましょう。そしてあなたが主人公であるご自身の人生を取り戻しましょう。

参考リンク
岡嶋美代先生のHP(BTCセンター)では、「言語的価値低減法」について詳しく紹介されています。ご興味のある方は、ぜひご覧ください。
参考文献
平田祐也, 岡嶋美代「加害恐怖を呈する30代女性に対する言語的価値低減法を実施した症例報告 ~eRPの工夫~」日本認知・行動療法学会大会発表論文集49:447-448, 2023.
岡嶋美代【教育講演3】「言語的価値低減法のすすめ-反芻思考の妨害とドロップアウトを防ぐエクスポージャー療法の工夫-」日本認知・行動療法学会発表論文集50:82-83,2024.